親などの介護のために仕事を辞める「介護離職」。総務省が公表した平成29年度就業構造基本調査結果によると、年間約10万人が介護離職をしており、今後さらに増え続けるといわれています。介護離職は個人にとっても勤めている企業にとってもデメリットがあるため、仮に親の介護が必要になったときでも、できる限り現在の仕事を続けていく道を模索したいところです。

そこで今回は、株式会社LYXIS(リクシス)にて介護支援ビジネスを手掛ける酒井穣さんに、「仕事と介護の両立」についてお話をうかがいました。酒井さんは、「介護のために長期休暇を取ったり、仕事を辞めたりしてはならない」と強く訴え、昨年は『ビジネスパーソンが介護離職をしてはいけないこれだけの理由』を上梓。また、自身も20年以上にわたり、仕事を続けながら母親の介護にあたっています。

長年の経験をふまえたアドバイスは、いままさに介護離職の問題に直面している人、また、いつか親の介護が必要になるかもしれないと悩む人にとっても参考になるはずです。

取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 撮影:豊島 望
プロフィール

酒井穣(さかい じょう)
株式会社リクシス創業者・取締役副社長、介護メディア『KAIGO LAB』 編集長、認定NPOカタリバ理事。1972年、東京生まれ。慶應義塾大学理工学部卒業、Tilburg 大学(オランダ)TIAS School for Business and Society 経営学修士号(MBA)首席卒業。商社勤務後、オランダのメーカーに転職。帰国後は、フリービット株式会社取締役などを歴任。20年以上にわたる母親の介護経験から得た問題意識から、2015年9月に介護にまつわる情報サイト『KAIGO LAB』を立ち上げる。『はじめての課長の教科書』『ビジネスパーソンが介護離職をしてはいけないこれだけの理由』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など著書多数。介護に関する講演や企業でのコンサルティングなどを行う。

株式会社リクシス
http://www.lyxis.com/
2025年、爆発的に増える要介護者。それでも企業の介護離職対策が進まない理由とは?
——最近、家族の介護を理由に仕事を辞める「介護離職」の問題が注目を集めています。実際、介護離職者は増えているのでしょうか?
酒井:ここ数年、国内の介護離職者は年間10万人規模をキープしており、急激に増えているわけではありません。しかし2025年には、人口ボリュームの最も多い団塊の世代が、後期高齢者、つまり75歳以上になります。75歳を迎えると、要介護になる人が前期高齢者に比べて2倍以上と爆発的に増えるのですが、それが5年後に迫っているのです。

 

酒井穣さん(株式会社リクシス創業者・取締役副社長)
——団塊の世代が後期高齢者に達することは、「2025年問題」として知られています。社会へのさまざまな影響が懸念され、介護離職者の増加もそのひとつですが、企業はすでに対策を始めているのでしょうか?

酒井:いえ、現状ではきちんとした対策を打てている企業はそう多くありません。というのも、現時点では介護離職に対し、経営者がさほどの危機感を抱いていないからです。

「介護離職者は年に10万人」と聞くとすごい数に思われるかもしれませんが、国内の年間転職者数は300万~400万人といわれています。介護離職者は、その総数の5%にも満たないのです。人事部からすると緊急性がなく、看過しても問題ないレベルです。

また、企業側の対策がなかなか進まないのは、現代の介護に対する経営層の誤解や認識不足も大きく影響していると思います。60代以上の、特に男性のなかには「介護なんて、会社を辞めるほどの大した負担じゃない」と考えている人も少なくありません。
——しかし、実際には仕事と介護の両立が叶わず、退職を選ぶ人もいます。なぜそうした経営層との認識の齟齬が生まれるのでしょう?

酒井:昔といまとでは、介護にあたる人の環境はまるで異なるのですが、そのことに経営層が気づいていないのだと思います。現在は、少子化の影響によりかつてのように介護を分担できる兄弟姉妹がいません。

また、昔であれば、専業主婦の奥さんがいて、介護も担っていたので、経営層が介護の負担を正確に理解していない可能性もあります。しかし、いま働いている世代は、共働きが当たり前になっています。

——企業側の対策が進まない理由のひとつに、「介護に対する認識不足」があるのですね。一方で、一般家庭の介護事情に変化はあるのでしょうか。

酒井:企業の経営層が抱きがちな「妻に親の介護をしてもらうことが当たり前」という考え方は、共働き家庭の増加や社会全体の意識変化により、一般家庭では前時代的なものになりました。2016年の統計では「息子による親の介護」が「妻による義親の介護」を上回っており、いまは男性も普通に介護をしています。もはや義理の両親を介護するような社会ではなくなっているのです。

介護には大変な苦労やストレスが伴います。義親の介護を強いられる妻の立場からすれば、家庭内パワハラを毎日受けているようなものです。男女比だけで見ればまだ女性のほうが介護をするケースは多いですが、これからはその割合も大きく変わっていくでしょうね。

——介護に対する認識を企業があらためるために、個人としてできることはあるのでしょうか。

酒井:繰り返しになりますが、兄弟姉妹が多く、専業主婦がいた時代の先輩方の介護経験は、まったく参考になりません。ですから、ご自身がパイロットケースになるつもりで企業の人事などに状況を報告して、積極的に支援制度の充実に貢献することを考えてみてもいいかもしれません。
「介護のために会社を辞めることが本当に親孝行なのか、いま一度考えるべき」
——2017年に「改正 育児・介護休業法」が施行され、通算93日まで介護休業を3回まで分割して取ることができるようになりました。企業によっては93日を超えて、1年や2年の休業を認めているケースもあります。しかし、酒井さんは仕事を離れて介護にあたることに異を唱えていますよね。それはなぜでしょうか?

酒井:まず、介護というのは1年や2年で終わるものではありません。平均寿命から健康寿命を引き算すれば明らかですが、親の介護は、少なくとも10年は続くと想定しておかなくてはならず、私のように20年以上も介護を続けている人も多数います。ですから、介護のために仕事を一時的に休むというのは根本的な解決にならない。

ましてや介護離職など、絶対にしてはいけません。長期的に見れば、より事態を悪化させてしまうことは確実だからです。まずは仕事を休まず介護ができる環境をつくることが、何より大事なんです。

 

——介護離職をすると、具体的にどうなってしまうのでしょうか?

酒井:介護離職をすると、ふたたび職を得るまでに時間がかかります。再就職までの期間で最も多いのは「1年以上」です。つまり、離職してから1年以上は収入がないということです。仮に再就職できたとしても、男性は年収が4割減、女性は半減するというデータもあります。

対して、介護には平均で月額7~8万円かかります。それが仮に10年続けば840万〜1,000万円近くのお金が必要になるでしょう。両親ともに要介護になれば、金額は2倍です。親が資産家でもない限り、最低でも現在の収入を維持しておかないと、10年後、20年後には貧困に苦しむことになりかねません。

実際、一流企業に勤めていた方であっても、介護離職をしたためにミッシングワーカー(何らかの事情で働くことを諦め、求職活動すらしなくなってしまう人のこと)となり、最終的に生活保護を受けるまでになるケースも珍しくありません。こうしたミッシングワーカーは、すでに日本では100万人以上いるのです。

——とはいえ、親孝行のために会社を辞め、介護に専念したいと考える人もいるのではないでしょうか。

酒井:もちろん、その気持ちはわかります。どうしても仕方がないというケースもあるでしょう。しかし、まだ考える余裕があるのであれば、あなたが会社を辞めることが本当に親孝行なのか、自身に問い直してみてください。ご両親は子どもが自分のせいで生活保護を受けること、生活に困窮することを望んでいるのでしょうか? 決してそうではないと思います。

ならば、介護の一部はプロの手に任せ、なるべく仕事に力を発揮できる環境を整えたほうが絶対にいいです。無理して「俺が、私が世話をしないと」と考える必要はないのです。しっかりとお金を稼いで、堂々と質の高い介護サービスを受けてもらったほうが、ご両親も幸せでしょうから。

特に、初期段階でプロの力を借りて「介護の質」を上げておくと、両親も元気に楽しく生きられます。子ども側の負担も減り、仕事との両立もスムーズになります。逆に「介護の質」に問題があると、その罪悪感から仕事への集中を失い、最悪の場合は介護離職に至ってしまうのです。


1 2