「働く、暮らす」をテーマに多くの著名人を取材してきた『SAISON CHIENOWA』。漫画の世界にも、現代女性の「働く、暮らす」をリアルに描く作品があります。おかざき真里さんの『サプリ』(2003〜2009年)は、その草分けにして代表格と言える名作。広告代理店で働く20代後半の主人公・藤井ミナミを軸に、女性たちの恋愛と仕事を通じた生き方が描かれる群像劇です。

女性の内面をときにリリカルに、ときにコミカルに表現する描画力に加え、特殊な「業界ストーリー」に留まらない普遍的なリアリティーにあふれる物語。連載終了後も多くの共感が集まる同作には、実際に会社員経験を持つおかざきさんの人生観が活きています。そんなおかざきさんは、恋愛や家族、子育てと向き合いながら働く、現代の女性をどのように見ているのでしょうか。多様化する現代社会だからこそ悩み、葛藤する女性たちが、自分らしく生きるために大切なこととは?

取材・文:内田伸一
プロフィール

おかざき真里(おかざき まり)
1967年、長野県生まれ。多摩美術大学卒業後、広告代理店に就職。デザイナー、CMプランナーを務めるなか、『ぶ〜け』(集英社)で漫画家デビューを果たす。社会人経験を活かして、働く女性たちが仕事と恋愛に葛藤しながら成長する姿を描いたマンガ『サプリ』は、『フィール・ヤング』(祥伝社)で2003年から2009年まで6年間連載された。物語では、多忙な生活を送りながら、恋愛・結婚、働くことに心が揺れる主人公の描写や台詞を繊細に描き、多くの女性に共感と感動を与えた。女性を描いた作品は、ほかにも『& -アンド-』や、作家・雨宮まみ原案の『ずっと独身でいるつもり?』(ともに祥伝社)などがある。現在は、新境地である仏教漫画『阿・吽』を『月刊!スピリッツ』(小学館)で連載中。プライベートでは家事と仕事を両立する三児のママ。
働く女性にとってサプリメントになる漫画にしたかった。だから描くうえで「噓はつかない」と決めました。
—『サプリ』は主人公・藤井ミナミが広告代理店でCM制作を担当、という一見華やかな世界を描いていますが、地道な裏舞台の苦労、また年齢と仕事の関係など、リアルな人間模様や心情にも丹念に光を当てていますね。同作の誕生のきっかけはどんなものだったのでしょう?

おかざき:『ぶ〜け』『クッキー』など主に10代の女の子向け漫画誌で描いてきた私が、初めて20代の女性読者中心の『フィール・ヤング』で連載したのが『サプリ』でした。バイトであれ会社員であれ、働いている女性読者が多いだろうなと。そこから自然と、働く女性たちの群像劇という発想が生まれたんです。一方で、自分のなかでいくつかのルールを決めていました。

—ルールというのは?

おかざき:まず、「働く現場を描くうえで噓はつかない」こと。たとえばフィクションの世界では、深夜のオフィスで一人残業していると、帰ったはずの同僚たちが突然現れて「手伝うよ」「私も!」という感動の場面がよく描かれますよね。漫画的にもとても正しい描き方とさえ言えます。でも現実の職場では、ほぼありえない(笑)。だから、そうした描写は一切やめようと決めました。

—それでいうと物語の冒頭、主人公の自宅が散らかった描写などは、決断を先延ばしにしてきた彼女の気持ちともリンクするようで印象的でした。

おかざき:これがもしCMで描くならおしゃれで整頓された空間がスタンダードでしょう。でも20代の一人暮らしでバリバリ働いていたら、散らかるほうが普通なはずで、そんな小さなところを大事にしました。

 

『サプリ』1巻より。散らかった部屋
『サプリ』ⓒおかざき真里 / 祥伝社フィールコミックス
—ご自身も広告代理店に11年務めた実体験から、多くの「働く女性」に響く作品が生まれたのでしょうね。でも、そうした「きれいな噓」を漫画のなかで厳しく退けたのは、なぜでしょう?

おかざき:現実にそれぞれの人生を頑張る女性読者にとって、この漫画が「サプリメントのような存在」になれたらとの想いがありました。そのとき、やっぱり日常の描写が嘘くさくてはダメだと思ったんです。結果、ドラマチックなシーンが減ったことで漫画が評価されなかったらそれは仕方ない、と割り切って描いていました。実際、連載を始めたころは自分史上もっとも売れない時期が続き、「打ち切りライン」を行き来していたと思います。

—後にテレビドラマ化(2006年)もされた大ヒット作に、そんな過去があったのですね。でも、リアルにこだわったからこそ、やがて多くの共感が広がったのでは。それは「自分のやりたいことが、あらかじめ社会に職業として用意されてるわけない」「努力が評価されるのは義務教育まで!」などの名台詞が、いまなお語り草なことからもうかがえます。これらの名言はどのように生まれたのでしょう?

おかざき:多くは会社員時代の経験からで、実際に職場で耳にした言葉もあります。ただ、それらの「名言」を自分のなかでかみくだいて『サプリ』を描けたのは、会社を退職して、そうした現場から距離を置けたからだと思います。

 

『サプリ』1巻より。仕事へのプライドと、揺れる心を描いた名場面、「努力が評価されるのは義務教育まで!」
—自分が働いていたときは、漫画に描くのが難しかった部分もある?

おかざき:私は、通り過ぎないと描けない性分なんです。もちろん漫画の内容はフィクションですが、会社員当時の自分が感じていた、言葉にならないモヤモヤや悩みを「言語化」することを意識しました。会社員時代はあえて悩みを直視しないことで乗り切っていた面もあるから、もし20代の私が読んだら「(モヤモヤの理由を)そこまではっきり描かないで!」と怒るかも(笑)。でも、それくらいちゃんと言葉で表現しないと伝わらないものを、『サプリ』で描きたかったのも事実です。


1 2 3 4