伝統は時代とともに変わりゆくもの。女性ねぶた師の登場も、その流れの一つ
―ねぶた師のほかにも、男性だけが携わってきた仕事はありますが、ねぶたは「伝統」である点も重要だと思います。北村さんにとって、伝統とはどんなものでしょうか?

北村:一つ思うのは、伝統とは同じことをそのまま繰り返すものではないということです。もちろん悪い意味で変わることは避けるべきですが、良いものができるなら、いままでの形にとらわれず、時代とともにどんどん変化させていいと思う。むしろずっと同じことを続けても、廃れてしまったら終わりじゃないですか。それは伝統というものを履き違えているんじゃないかと思います。

 

―伝統が生き生きしたものであるためには、時代ごとに変化させていくことも大切なんですね。史上初の女性ねぶた師が登場したことも、伝統を打ち破ったわけではなく、それこそが伝統の一部である、と。

北村:そうだと思います。もう一つ、その変化が多くの人にとって納得のいくものであることも大切です。もし、女性ねぶた師がいまの世間的にNGだったら、私はここにいないはず。伝統の流れのなかで世間が受け入れてくれたからこそ、新しいものが入っていけるんだと思います。

山村(クレディセゾン):とはいえ、男性だけの業界に女性が一人で入っていくには、すごく勇気が必要ですよね。女性の労働環境が整っている会社も少ないですし、働く女性側も、まずは自分の少し先を実践している「ロールモデルがほしい」と尻込みする人が多いと感じます。そんななか、北村さんを見ていると「ファーストペンギン」という生き方を体現しているように感じたんです。つまり、人をペンギンに例えるなら、群れのなかで、最初に崖から海へと飛び込む勇気を持ったタイプのペンギンだなって。

北村:私の場合は「自分が最初」とはあまり考えず、別に怖いということもなく、「やりたいことを見つけられた!」という喜びや、「ねぶたが好きだ」という気持ちが、何よりも勝っていました。どの世界にも壁と呼べるものがあると思うのですが、本当にそれをやりたい人にとっては、おそらく壁には見えないのかもしれません。ペンギンでいうと、私は早く海に飛び込みたくて仕方がない、という感じでした(笑)。

 

クレディセゾン 山村文さん
良いママとねぶた師を両立できているかと言われたら、正直、自信はないです。
―さらに付け加えると、北村さんは出産・育児を経験しながら制作するねぶた師の先駆けでもあります。お子さんが生まれたことによる変化はありましたか?

北村:娘はまだ0歳ですが、悩むことはすごく多いですね。いままでみたいに、好きな仕事だけに時間を費やすことができなくなって。良いママとねぶた師を両立できているかと言われたら、正直、自信はないです。体は1つしかないので、どちらも100パーセントはありえないんですよね。仕事をしながら育児をしている女性はみんな抱えている問題だと思うんですけど……。

―ねぶた師の世界に、産休や育休のような仕組みは……。

北村:もちろんないですよね(笑)。ねぶた師はクライアントから依頼を受けたら、基本的には毎年やり続ける仕事なので、男性・女性に限らず「休む=やめる」ということなんです。まだ自分のことに精一杯で、この世界での役割についてはあまり考えられませんが、もし同じように、女性ねぶた師をやりたい人が出てきたら、私ができる範囲でサポートをしたいですね。

 

―お子さんが0歳ということは、今年のねぶた制作がまさに出産直後の時期になってしまったわけですね。

北村:生後2か月で母親に預けて下絵を描き始めました。できるなら片時も離れず、ずっと近くにいてあげたい時期なので本当につらかったです。制作が始まってからは力仕事で、仕事が終わったら動けないくらいに疲れ果てていて。それでもやっぱり娘の前では笑顔でいたいし、夜泣きもあるし、デビューのときよりも、妊娠時よりも、育児をしている今年が一番きつかった(笑)。幸い、夫が料理を作ってくれたり、娘の面倒を見てくれたりとサポートしてくれましたが、それがなければ無理でした。
みんな前の世代から、技術を学んで作れるようになる。ただそれは「超えた」ということではないと思うんです。
―2015年の『ねぶた祭』では、父の隆さんを抜いて北村さんが「優秀制作者賞」を受賞されました。ある意味、子が親を超えた瞬間という見方もできると思うのですが。

北村:たしかに「優秀制作者賞」をいただきましたけど、超えたとは思っていません。みんな前の世代から、技術を学んで作れるようになる。たしかにある時期が来れば、表面的な評価が逆転することはあるかもしれないけど、「超えた」ということではないので、そこは勘違いしちゃいけないと思います。父がいなかったら、自分はここまで絶対にこれなかったですから。

 

北村麻子『平将門と執金剛神(部分)』(2015年)

 

北村麻子『平将門と執金剛神(部分)』(2015年)
―お父さんや娘さんの存在が、もの作りの動機でもあり、大きなモチベーションになっているんですね。

北村:父にはずっとかっこいいねぶた師でいてほしいですし、私もやるからには娘に恥ずかしいものは作りたくないですね。あとやっぱり、娘にも自分が父に教わった『ねぶた祭』が近づいたときの高揚感を伝えたい。こういう気持ちになれるものが地元にあるというのは、すごく幸せなことだと思うので。

―その記憶の連なりが、「伝統」と呼ばれているものなのかもしれませんね。

北村:そうですね。ねぶたの伝統は造形的なものだと思われているかもしれないけど、じつはそれを見ている人たちのなかにあると思うんです。父と私と娘、それぞれの世代が考えるねぶたの形は変わっていくと思いますが、それを特別に感じる人の気持ちはつながっていくし、変わらないと思う。そういうものが「伝統」なのかなと思います。

 

ねぶたの家 ワ・ラッセに展示された『平将門と執金剛神』(2015年)とともに
誰に何を言われても、自分の人生は自分で決める。良いママと良いねぶた師、どっちも諦めたくはない。
―最後にこの先の目標を伺ってもいいですか?

北村:私自身は、いまはまだ準備段階で、40〜50代になったときが本当の勝負だと思っています。「ねぶたと母親、両方は無理だぞ」とか「諦めたほうがいいぞ」と言う人もいたけれど、私の人生じゃないですか。誰も何も保証してくれない。だったら、自分が納得するまでやってみようと。良いママと良いねぶた師、どっちも諦めたくはないですし、できたら二人目の子も欲しい(笑)。なんとかなるんですよね。それで母は強くなるのかなと思う。

―ねぶたの世界に入ったときと同じですよね。先に行動があるというか。

北村:迷ったときには、自分が後悔しないほうを選ぶと決めているんです。それだけは曲げたくなくて、やらないで後悔するほうが怖かった。私のなかではそれがすべての基準ですね。あと、やっぱり親が楽しそうなのは、子どもはうれしいですからね。

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