「女だから贔屓されている」「親父が作ってるんじゃないか」と言われたのは正直辛かった。
―2012年、北村さんは『琢鹿の戦い』でデビューを果たし、新人としては異例の「優秀制作者賞」を受賞したことでも注目を集めるわけですが、そこに至るには、どのような経緯があったのでしょうか?

北村:ねぶた師としてデビューするには、クライアントである企業や団体からの依頼があって、初めてねぶたを制作できるんです。私は「青森市民ねぶた実行委員会」から声をかけていただいたのですが、その会長さんが言うには、修行中に私が作った小さな「子ども用ねぶた」を見て、拙いながらも「伸びしろ」を感じてくださったそうなんです。

 

北村麻子『琢鹿の戦い』(2012年)
―とはいえ、それまで女性ねぶた師は一人もいないわけですから、団体としても勇気のいる決断だったと思います。

北村:そう思います。当時の私は修行4年目で、父に「娘に作らせてみては?」というオファーがあったときも、「さすがに早すぎる」と一度は断っているんです。ただ、父は苦労人で、小学生の頃から師匠について技術を磨いていたのに、30歳までデビューのチャンスに恵まれなかった。だから考え直したみたいで、「なかなかこういうチャンスはないから、やってみたらどうだ」と言ってくれたんです。

―ご自身がチャンスに恵まれなかったからこそ、若い世代には早くチャンスを与えたんですね。しかもそれが史上初の女性ねぶた師だったという。

北村:何を考えていたんでしょうかね……。でも、「なんとかなる」と考えたんだと思います。すごく自由で、いきなりとんでもないことや新しいことをやるのが好きな人ではあるので、初めての女性ねぶた師が父のもとから生まれたのは、娘ながら「父らしいな」と思いますね(笑)。

 

―デビュー後の反応はいかがでしたか?

北村:『ねぶた祭』は、参加団体すべてのねぶたの優劣が賞で審査されるので、お互いに激しいライバル意識があるんです。ただ、デビュー作が受賞したことに対して、「女だから贔屓されている」「親父が作っているんじゃないか」と言われたのは正直辛かったですね。そういった心ない批判に対しては、ねぶたで見せていくしかないと思っています。
怖いだけじゃなく、ちょっと笑えたり、ほっこりするねぶたがあってもいいんじゃないか。
―ねぶた師としての、北村さんの個性は何だと考えていますか?

北村:私は構想と下絵に時間をかけるのですが、そこが一番大事だと考えています。やっぱり私みたいに経験の浅いねぶた師は、技術でベテランの人には敵わない。でも、ほかの人に思いつかないアイデアが出せれば、技術を超えることもできるんです。また、ねぶたは観客の前を一瞬で横切っていくので、そのわずか数秒の時間でいかに印象に残せるかはすごく考えますね。

 

北村麻子『平将門と執金剛神』(2015年)の下絵

 

北村麻子『平将門と執金剛神』(2015年)
―2015年のねぶた『平将門と執金剛神』は、「蜂」のモチーフがとても印象的でした。これも見ているお客さんの視点から着想したんですか?

北村:そうですね。ねぶたは芸術作品として見ることもできますが、基本は観客のものだと思うんです。興味のある人だけしか見ない、自己満足の表現ではない。だから観客に楽しんでもらうことが重要で、その目は無視できません。ただ、怖いだけじゃなくて、ちょっと笑えたり、ほっこりするねぶたがあってもいいんじゃないかとは思っています。私は歌川国芳や河鍋暁斎の浮世絵が好きなんですが、彼らの作品にも笑いや遊びの要素がありますよね。そうした要素を、自分のねぶたでも見せたいと思っているんです。

―ねぶたは、男性的な荒々しさや勇ましさを描くだけのものではないと。

北村:もちろん、ねぶた師なので、伝統的な男性性も表現したいです。だけど、男性にしか作れない荒々しさもあれば、女性から見た「男性の荒々しさ、美しさ」もあると思うんです。今年の私のねぶたは『陰陽師・妖怪退治』というタイトルなんですが、陰陽師は武将ではないので、上品さも表現しなければいけませんし、そこで自分の個性が生きるかもしれない。珍しい存在であることを逆手にとって勝負していきたいです。

 

北村麻子『平将門と執金剛神(部分)』(2015年)

 

北村麻子『陰陽師、妖怪退治(背面)』(2016年)
勝ち負けの世界だからこそ、その年にしか出せない、ねぶた師の思いが込められている。
―荒々しさだけでなく、上品さやユーモアがかけ合わさった、独自のねぶたを目指していらっしゃるんですね。あらためて、そこまで北村さんを惹きつける「ねぶた」の魅力は何だと思いますか?

北村:やっぱり幼い頃に父に肩車されて、兄妹3人で見に行ったのが印象的で、その懐かしく楽しい記憶が大きいんだと思います。祭の当日、日が暮れるとともに、街中から跳人(はねと / ねぶたの運行にあわせて踊る参加者の人たち)が身につける鈴の音が聴こえてくる。そして、ねぶたのエンジンをかける轟音が響き渡り、白熱球の暖かいあかりが灯ると、何とも言えない「ねぶたの魂」のようなものを感じるんです。不思議なことに、ずっとこの町に住んでいるのに、毎年「やっとこの場所に帰ってきた」と思って泣けてくるんですよ(笑)。

―今回の取材に同席していただいている青森出身のクレディセゾン社員の方も同じことを話していました。青森の多くの人が、その気持ちを共有しているのかもしれませんね。

北村:それと1年間かけて作ったのに、祭が終わったら壊されてしまうのも魅力の一つです。それはねぶたが表現であるだけでなく、一回勝負の世界だからというのもある。だからこそ、その年にしか出せない、それぞれのねぶた師の思いが見えるんです。今年一番のねぶただと思われたいから、みんな利益は度外視で作り、満を持して8月1日に発表する。そうした作者の思いが「ねぶた」という魂になって、祭にやって来るお客さんにも伝わると思うんですね。


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