このたび、セゾンの新たなブランドフォントが完成しました。
その制作背景について、書体デザインに携わったフォントワークスのヨアヒム・ミュラー・ランセイ、およびセゾンのブランディング戦略部による、2つのインタビューをお届けします。

ヨアヒム・ミュラー・ランセイによる
書体解説

40年の歴史を刻む、セゾンのロゴタイプを読み解く

SAISON Sansのプロジェクトは、既存のロゴタイプに合わせたフォントファミリーを制作したいという相談をいただいたことから始まりました。

1983年に発行されたセゾンカードのロゴデザインは、モダンで実用的かつ、飾らないイメージを広く伝えることを意図されていると感じます。多くの人々によく知られたアイデンティティは維持しつつ、現在、そしてこれからのセゾンを伝えていくために、慎重に調整を加えながら新たなブランドフォントのデザインに取り組みました。

1980年代当初のロゴ

セゾンのロゴタイプのルーツは、ドイツで1920年代から30年代にかけてデザインされたErbarやKabelから始まるジオメトリック(幾何学的)なサンセリフにあります。より具体的には、Futura、Century Gothic、Avant Garde Gothicなどのスタイルがセゾン書体につながっています。

幾何学に基づいてデザインされたセゾンのロゴタイプは、特異性があり、人の目を引きつけます。しかし文章を組むとなると、読みやすく調和のとれた、一貫性のある書体としてデザインしていく必要があります。SAISON Sansの開発における最も重要な点は、この細かな調整にありました。

Regular

the SAISON Card began in 1983.

Medium

the SAISON Card began in 1983.

Bold

the SAISON Card began in 1983.

SAISON Sans / アイデンティティを継承する、ジオメトリックでリニアなスタイル

SAISON Sansは、既存のロゴタイプを踏襲したリニアなスタイルです。リニアとは、線の太さが全体に等しいか近似した均質なスタイルで、幾何学的、メカニカル、科学的、工業的な要素が含まれています。

ジオメトリック(幾何学的)な書体をデザインする際は、単純な幾何学図形に基づいて構成するのではなく、「幾何学的なスタイル」を提示することに留意しなければなりません。例えば「B」を完全な円と直線の組み合わせで描いた場合、錯視が生じて不自然に見えてしまいます。装飾として用いるならば目を引くかもしれませんが、読みやすさには寄与しません。

©Joachim Müller-Lancé

単純な図形の組み合わせでデザインしてしまうと、特に小さな文字で長文を表示するときの可読性が低下します。フォントとして問題なく使用できるようにするため、制作過程では錯視を考慮に入れたさまざまな調整を加えていきました。

いくつかSAISON Sansを象徴する文字を見ていきましょう。まずは「Geometric(幾何学的)」の頭文字である「G」。完全な円形に見えるスタイルは、FuturaやAvant Garde Gothicなどのジオメトリック・サンセリフに典型的なものです。既存のセゾン書体は少しシャープで機械的な感じがするため、右隅に向かうカーブを柔らかく調整しました。

右から、Futura、Avant Garde Gothic、SAISON Sansの比較画像

「Modern(現代的)」の「M」は、実用的なエレガントさを備えた、安定したダイナミックな形です。なだらかに傾斜した形状は古代ローマの碑文に遡りますが、現代的なプロポーションになるように微調整を加えました。わずかに面取りされた3つのシャープな角はこの書体の特徴であり、精密さを感じさせます。

そして「future(未来)」に含まれる「f・t・r」。これらの文字は、かなり狭い幅でデザインされる傾向があります。すると少し古風で固い印象を与え、文章を組んだときに密度のばらつきが生じてしまいます。新しいSAISON Sansでは「f・t・r」の幅を広く、バランスのとれたものにし、判別しやすくしました。

徹底したリファインを加え、最終的にすべてのプロポーションが洗練された書体が完成しました。既存のセゾン書体で若干ばらつきのあった文字幅についても、クラシックなローマン体のプロポーションに合わせて整え、より調和の取れた文字組みができるようになりました。

上質なブランドを表現する、書体の新たな潮流

今回のプロジェクトは当初、既存のアイデンティティを生かして書体を整えていきたいというものでした。しかし、セゾンのデザインチームと対話を重ねる中で、より上質さや優雅さ、未来への希望を届けたいという思いを聞き、私たちはSAISON Sansのもう一つの方向性を提案することにしました。それがSAISON Sans Advanceです。

Regular

the SAISON Card began in 1983.

デザインで継承と革新を同時に実現するのは容易ではありません。まず取り組んだのはリサーチです。東京の上質なものが集まるエリアを歩き、店舗のサインなど目に入ってくるタイポグラフィを写真に撮ることから始めました。 以前は2つの著名な書体、FuturaとOptimaに人気があったように思います。近年、Futuraはかつてほど目立たなくなる一方、Optimaはスポーツカーからチョコレートまで、変わらずハイブランドで使用されていますが、日用品などの身近なものでも見かけるようになりました。

興味深い発見は、その2書体のデザインの中間にある、ハイブリッドとも呼べる新たな潮流です。非常にシンプルでクリーンなサンセリフでありながら、適度なコントラストがある。そのような書体に注目が集まっています。これは私たちのプロジェクトにも大いに学びをもたらしました。

SAISON Sans Advance / 伝統とトレンド、コントラストによって優雅で洗練された書体へ

SAISON Sans Advanceは、リニアなSAISON Sansに対し、コントラストを取り入れたスタイルです。

コントラストがある、ストロークの太さに変化を持つ書体——例えばSiena、Optima、Trajanなどは、歴史的で古典的な印象、伝統と品位、高貴さを感じさせます。SAISON Sansにもストロークの太さにわずかな抑揚をつけることで、元の外観を損なわずに書体のバランスを向上させ、優雅で洗練された印象を与えることができると考えました。制作にあたっては、幾何学的なセゾン書体と、コントラストのあるクラシックな書体の中間を探り、理想的な形状を見つけ出していきました。

©Joachim Müller-Lancé

SAISON Sansと同様に、Advanceを象徴する文字をいくつか紹介します。まず、形の特徴である「Contrast(コントラスト)」の「C」。未来に開かれたような三日月型、カーブした背のふくらみと両端にかけての広がりが上品さと躍動感を与え、バランスのとれたハーモニーを奏でます。

「New(新しさ)」の「N」はダイナミックで力強く、均整が取れています。太いストロークと細いストロークの対比がとてもエレガントです。

「Q」は「Quality(品質)」を示すのにうってつけです。まっすぐなテールは輪を指し示す指揮棒のようであり、また太陽から発せられる光線のようでもあります。細部まで研ぎ澄まされた、パーツごとのバランスが美しい文字です。

2つの脚をしっかり地に着けた「R」は「Redesign(再設計)、Ratio(比率)、Reason(理由)」を表します。水平垂直、斜線に曲線とアルファベットのあらゆるデザイン要素を含んでおり、すべてのプロポーションが安定していて、かつ魅力的でなければいけません。

最後に、数字にも注目してみましょう。「2024」はダイナミックな曲線、対角線、楕円の組み合わせで、ここから新たに始まるような前向きな印象を与えてくれます。

リニアなSAISON Sansと、コントラストを加えたSAISON Sans Advance。2つの書体のわずかに異なるアプローチにより、さまざまな用途やシーンに合わせて柔軟に対応することができ、一貫したスタイルでセゾンのメッセージを伝えることができます。


ブランドフォント開発に向けてのセゾンの思い クレディセゾン ブランディング戦略部 デザイン内製化チーム

新たな時代に求められるブランドフォント

今回、ブランドフォントの制作に着手したのは、グローバル・グループを含めたブランドイメージの統一と、デジタル時代におけるアクセシビリティを向上させることでブランディングを強化するためです。

セゾングループでは、1983年のセゾンカード発行開始時に、田中一光さんによってデザインされたロゴタイプが今日までブランドの象徴として受け継がれています。

しかし、この書体はフォントとして開発されておらず、社内外の資料やWebサイトでは別の書体が使用されている状況でした。グループ・グローバルの事業展開が急速に進む今、セゾンのブランドイメージに一貫性を持たせるため、まずはこの歴史ある書体を基にした欧文フォントの開発を行いたいと考えました。

同時に、デジタル化が進む現代において、ロゴに使用されていた書体がデジタルメディアでの使用に適さない場面もありました。具体的には、細さが際立ち、視認性やアクセシビリティに課題を抱えていたため、それを改善するためにもフォントのウエイト展開を必要としていました。

これらの課題と向き合うためにフォントワークスに協力いただき、独自のフォント制作に踏み切りました。

セゾンを象徴するロゴタイプの歴史

SAISON Sansのベースとなったロゴタイプは、1983年にセゾンカードの発行のために田中一光さんが作られたものです。セゾングループ(*1)当時のオーナーで、実業家でありながら詩人や小説家として活動していた堤清二は、芸術家たちの交流の場を通して、デザイナーの田中一光さんとも関係を築いていました(*2)。その信頼をもとに、1972年の西武グループのアニュアルレポート制作を皮切りに、西武セゾンのアートディレクション業務を田中さんに一任しました。

1983年/2019年のロゴ

その後、SAISONのロゴタイプは西武グループの事業が文化事業を中心に拡大したことでグループのシンボルにまで昇格します。2019年にセゾンカードブランドロゴ、コーポレートロゴが、視認性を高めたよりシンプルなデザインへリニューアルされましたが、書体のイメージはほとんど変化させていません。

現在も、新たに発足したグローバル/グループ企業のロゴや、新サービスのロゴに当時の書体を使用するなど、衣鉢を継ぎ続けています。

フォントで受け継がれるアイデンティティ

ロゴを基にしたフォント制作プロジェクトが発足して約1年半。書体が完成していくにつれて、セゾングループのブランドアイデンティティが統一されていく様子を鮮明に思い描くことができるようになり、期待が高まっています。

書体のデザインに取り組んでくださったヨアヒムさんは、プロジェクトを通して、デザインの微細な変化が与える印象の違い、その奥深さをわかりやすく魅力的に伝えてくださいました。セゾングループのアイデンティティの核心は残しながらアップデートする、フォント開発に留まらない取り組みになったと思います。

今後は、まず社員一人一人に活用してもらって、新たなブランドフォントを使うことによる変化を感じてもらいたいと思っています。それにより、セゾンブランドをみんなで作っていくという意識や主体性につながっていくはずです。

次に、公式資料やWebサイトなど、セゾングループから発信するデジタルメディア全般、さらにはグローバルを含む幅広い範囲でのフォント統一を図っていきたいと考えています。

SAISON Sansを通して、グループのアイデンティティをより明確に示すことができ、一貫性のあるブランドメッセージを発信していけることを期待しています。